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ハーモニカのこだわり
色と響き、それぞれの出会いの中で
ハーモニカの音色には、たくさんの表情があります。
同じ曲を吹いても、奏者によってまったく違う風景が立ち上がるし、同じ奏者でも、ハーモニカが変われば音が変わります。私自身、いろんなハーモニカと出会ってきました。吹き方の癖や手の馴染み、音の好み…いろんな違いを感じながら、それぞれのハーモニカと向き合ってきたつもりです。
今回は、その中でも特別な一本――クレモナハーモニカについてのお話です。
クレモナ工房を訪ねて
このハーモニカを選ぶ時クレモナのオーナー岸さんの話を沢山聞きました。ちょっとの試し吹き。信頼と信用で直ぐにこのハーモニカの購入を決めました。去年一年間、私の大事なHohnerハーモニカただ一つを常に使うのは難しいと思っていました。実際にクレモナ工房を訪ねたのはハーモニカが出来上がってからです。
そこには職人の手によって一つひとつ丁寧に作られたハーモニカたちがありました。工房には、オールシルバーのモデルや木材を使ったものなど、素材の違うモデルがいくつも並んでいました。それぞれを吹かせてもらってもらいました。
オールシルバーは、音がキラキラしていて輝きがある。
木材のモデルは、音がやわらかくてまろやか。
響きの深さや空気感が、素材によってこんなにも変わるんだと驚きました。
でも音色だけで選ぶのは難しいものです。持ったときの重さや息を通したときの感触――それらが自分に合っているかどうかも大事なポイントです。オールシルバーは見た目も美しくて惹かれたけれど、実際に吹いてみると「重い」と感じる場面もありました。
「漱玉」という一本との出会い
その中で、私が選んだのが木製カバーのモデル。
音の立ち上がりがやさしく、長く付き合っていけそうな“余白”を感じました。
このハーモニカには、「漱玉(しゅぎょく)」という名前をつけました。
名前に込めた意味や由来は、実はあとからついてきたものです。
それよりも、この音、この感触、この出会いが特別だったから――自然と名前を呼びたくなった、それが真実です。
今、そしてこれから
このハーモニカは、吹けばすぐに美しい音が出る楽器です。
けれど、私のようにボーカル的なアプローチ――“語りかけるように吹くスタイル”を大切にしている奏者にとっては、その美しい音がまだ“こちらの心に馴染みきっていない”と感じることがあります。
今まで使っていた柔らかめのハーモニカでは、息に合わせて音が自然に揺れたり、感情の揺らぎが音にそのまま乗ってくれました。
でも、今の漱玉は音がきれいに整いすぎていて、演奏中に自分の言葉として音を紡ぐには、もう少し時間が必要なのだと思います。
特に、ジャズやポピュラーを演奏する中でも、インスト的な技巧的演奏ではなく、歌うように“心の景色を描くスタイル”では、
このハーモニカの“まだ硬さの残る”音は、時に少し距離を感じる瞬間もあります。
でも、だからこそ楽しみでもあります。
これから時間をかけて吹き込んでいくことで、音に丸みや柔らかさが生まれ、自分の言葉として馴染んでくる――
そんな変化を、じっくり味わっていきたいと思っています。
最後に
Cy Leoのような、華やかで技巧的な演奏をする奏者もこのハーモニカを使っています。
でも私は、もっと静かに、ゆっくりと心模様を吹きたい。
だからこそ、この一本と出会えたことが、今の私には意味があるのだと思います。
整いすぎた音。まだ馴染まない硬さ。
それらを越えて、少しずつ音が「自分の声」になっていく過程――
それが、私と漱玉のこれからの物語です。
HITOCO.