自由は苦しくもあり,楽しくもある

エッセイ

先日ポストを見ると徳永先生からの郵便が投函されてたんです

今月はお会いできなかったんですね。

今月は大変ストレスフルだったのです。家族の病状が思わしくなかったり、転院があったりで。

大阪の徳永教室の発表会、出演者だけと言うことで今のところ開催されることになっているんですけれど、そのお知らせと手書きの手紙類と先生の回答😄

 

 

 

 

 

 

前回のレッスンに顔を出した時ちょっとJAZZの曲表現がしっくりこなくて頭を抱えちゃったわけです。

 

だってやはりHITOKO節になってしまうアドリブが気に入らないのです。自分の好きなものは自分で知ってる。わざとの冒険を大事な時にいきなりやってしまう癖もある。でもそんな自分に時々嫌になる。

 

さて、私の悩みを先生にがどう料理するか楽しみで。(o^^o)❤️

 

その迷宮入りしそうな音の具合が多分ジャズファンのにんまりとするところなのを私も知っておりますが..

 

知っているということは私もjazzにますますどっぷりと…

 

私をよく知っている人は私がものすごく勤勉なのを知っているから何でもわかってるんじゃないかって思っているけれど、知れば知るほど、疑問が見つかるんですよ。

 

JAZZでは言葉を知っているのと頭の理解がミスマッチな部分だらけなんです、いまだ。

 

考えるより耳がその音を選べばいいよと判断してしまいますから。それが未だ私の悩みでもあるのですが…

 

言葉、理論と言う枠の中で考えると、アドリブ何か考えてて自分で制約しちゃうんですよね

制約しなければメロディが勝手に浮かぶ。

 

ただ、単純に出来てるとなんか見劣りしてしまうふうに感じてしまうことがあったり、やっぱり先生のがいいなー、と自分が作ったものをしまっちゃったり悩んでしまいます。

実は単純な素朴なまま、アドリブ無しが好きな曲もあるのですが。

華やかなアドリブは時にイングリッシュガーデンのようにも感じますね。(*^o^*)

 

 

やはり先生は経験が豊富です。でも時に自分の感覚とはちょっと合わない時もある。そんな時はちょっと変えてしまう。まだそんなふうにして勉強してるのが私は好きです。

ここはこう変えないと私っぽくないや!と。

 

自由を学ぶ事は、実は大変です。

自分にゴーサインを出さなくてはならないから。

これって人生の選択みたい!

なーんて(^ν^)🎶

書いていたら楽しくなりました。

アドリブ

ムーミン谷のスナフキンに解決してもらおうと思ったらニョロニョロが邪魔をしに来たという漫画を書いてみました。

 

 

 

Andrewが後ろからじっと見ていました。

 

 

 

 

HITOCO

 

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